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■EssayNo.7 イタリアの風!
  池田耕治(理事)

*今日は風の話をしよう.

僕が2002年に1年間過ごしたイタリアでは多くの有意義な風を感じた.

Firenzeの温かな家庭の風.
 Pisaの気持ちのこもったもてなしの風.
 Romaでは文化の息吹を感じた.
 Schioでは大袈裟ではない街の賑やかな風が
 あったし,
 そして,Santorsoには認知運動療法の爽やかな
 風が吹いていた.

そんなSantorsoの風をつい先日も感じることができた.

この日本で・・・

9月16日から18日までの3日間,平成18年度のベーシック・コースを熊本で開催した(熊本ベーシック2006).僕がコーディネーターを兼ねていたのでコース講師は選定させてもらった.その中に,帰国の時期が微妙だったんだけれど,昨年9月からSantorsoへ研修留学していた高橋昭彦氏を招聘していた.彼の帰国は8月末だったこともあり,コースに関しての打ち合わせは(あまり?)していなかった.

帰国した彼とようやく話ができたのは9月12日.内容は特別なものではなかったが,何故か伝わるものがあった.彼が持ち帰ったものの中に,僕が経験したことのあるものがあったからだろう.言わなくてもわかるとはよく言ったものだが,この時は本当にそう感じた.これは宮本省三氏が帰国したときと似ている.

この4年間で,僕ら(宮本Miyamoto,高橋Akiそして僕Koji)は1年間ずつSantorsoを経験した.言葉という難しい問題はあったが,イタリア特有の人びとの温かさが支えてくれた.特に,認知神経リハビリテーションセンターVilla Miariでの研修は,これまでの僕らの予想を遥かに超えるものだった.これも3人の意見は一致するところだと思う.僕らはそれぞれの感性で意識経験し,記憶を脳内にとどめた.僕らの脳内にはSantorsoが充満していると言っても言い過ぎではない.だから,本当は僕らの口から発せられる,表出される,あるいは表現される言葉にはSantorsoの意識が内蔵されている.あるいは,僕らの手の足の,そう身体の動きにもSantorsoの息吹が感じられるはずだ.

先日の風は,まさにこれらの感覚だった.
 Santorsoの訓練室のその“場の精神”を感じた!
 Villa Miariのセラピストたちの“凛とした空気”を感じた!

僕が帰国してもう4年も経った.忘れかけていたSantorsoのその風をAkiが再び日本へ持ち帰ってくれた.僕はその時のことを思い出した.少し身体が震えた.脳はもっと思い出せと激しく叫んでいた.そして,思い出した・・・僕の脳内を思い切り駆け出した.

熊本では約100人がこのAkiの風に吹かれた.その臨床風景は圧巻だった.もともと臨床家を自認するAkiの真骨頂だろう.しかし,彼はこのように言う「まだまだ,できていない」「研修生より凄くだめ」.それでも実技に入ると「真剣にやるよ」と言って,患者役のセラピストに対峙した.「この雰囲気(が大事なん)だよな」って僕は思ったけれど,他の受講者はどのように感じただろう.何かを知覚しただろうか.

*そんな穏やかだった彼の眼に認知の魂がますます入った場面があった. 実習講義の最中でのことだった.

受講者に何をやらせても良くできない.思考して,セラピストとして思考して行為を生み出してくれれば良いのだけれど,それもできない.挙句の果てに患者の上肢さえも上手く持つことができない(これは基本).

そんな場面で「君らは何しとるん」「そんなんで,認知をやって欲しくない」とAkiは言い放った.認知運動療法が患者との真剣勝負だ.このことをこの言葉で真摯に捉えることができた受講者が,いったいどれくらいいただろう.

これからの日本の認知運動療法は,ここから再出発する予感がする.
その発信の場が高知になる.このことを,もっと広く伝えないといけない.
書物や論文ばかりで頭でっかちになっているセラピストが多いなか,認知運動療法の真髄は臨床だということをもっと理解しないといけない.認知運動療法がこれまでのスタンダードな運動療法を乗り越えるのは,この点に尽きると感じる.


 患者と真摯に対峙する.心から向き合う.
 患者は閉眼する.そしてセラピストに身を任せる.
 セラピストは患者の上肢をゆっくりと持ち上げる.細心の注意を払って手や手指を受け持つ.
 ここには,痙性という魔物は存在してはいけない.
 患者の上肢は,まるで胸に抱く我が子どものようでもある.
 静かに問い掛ける.そして静かに,ゆっくりと治療訓練が始まる.
 Andiamo!(一緒にやろうよ!)あるいはProvizmo!(一緒に試してみようよ)
 患者は身体に問い掛ける.
 そして自らの言葉で身体を語りだす.
 患者とセラピストがひとつになった瞬間である.
 それはこれまでのどの訓練にもなかった世界である.

数日前から,このようなことを僕の脳は延々と思考していた.そして今朝は夢にまでみた.
おかげで,それは僕の言葉としてここに表現された.これを読んでくれたリハビリテーション専門家(理学療法士,作業療法士,言語聴覚士・・・)はどのように感じてくれただろう.

今すぐにでも,“場の精神”と“凛とした空気(あるいは雰囲気)”をすべての臨床の場に持ち込みたい気分である.

Grazie mille,Aki!
 Certamente,Perfetti,Pante,Rizzello,Puccini,Ise e gli altri terapisti,Grazie mille!!!
 今日も高知の青い空の下で,Santorsoの真っ青な空を思う.

(高知医療学院 池田耕治)

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